(↑お話中に弾いている曲です。お好みで再生してください。)











時々何にも変えられない、どうしようもない発作が俺を襲う。

それは俺が「前世の記憶を持つ」という有り得ない人間だからこその発作だった。







「(音楽室…開いてるかな)」







もし空いてないなかったら俺はとんだマヌケか。
何も考えないで先走り過ぎたかも…。

休日の誰も居ない廊下をほとほとと歩きつつ、ぼんやりと窓の外を眺めながら俺はそんな身も蓋もないことを考えていた。
去年に同じような衝動に駆られて昼休みに行った時には、たまたま通りかかった生徒が居たらしく、暫く立った噂に何度肝を冷やしたことか。
俺は中学校という場所を甘く見ていたな、と後悔した。

「(職員室に鍵を取りにいくのだけは勘弁だな。またそんな噂が立ったら今度こそ俺だってバレちまう)」

いっそ強行手段も考えておこう。
そこまでしてこの発作を抑えたいのかはその場になって決めれば良い。
と、考えをまとめ、時たま聞こえる野球部の掛け声に耳を傾けた。

武、がんばってるかな。

俺より先に家を出て行った弟の顔を思い浮かべる。
「部活に行ってくる」と言って出て行った武は、俺が現在学校に来ているということを知らない。
家の誰にも学校に行くということは知らせてないから本人の耳に入ることもないだろう。
その一度だって俺は人に知らせたことがない。家族にだって。



これは、俺だけの禁断の領域。
















「……お、ラッキー!」


何事もなく空いた音楽室の扉にホッと胸を撫で下ろした。
授業以外は滅多に使わないこの教室は、今は当然のように誰もいない。日曜日は吹奏楽部もお休みで一段と室内は安穏としていた。
壁には歴代の音楽家たちの肖像画が並べられ、独特の雰囲気をかもし出している。


その中で一際存在感があるグランドピアノ。


窓際に配置されたそれに近づき、そっとその黒光りした塗装を撫でた。
ひんやりとした感触が皮膚に伝わり神経を通り脳によって認識される。それだけで、少し心がざわついた。




俺じゃない俺の記憶が 激しい痛みを伴って 流れ込む それと同時に悦びも。















「………先生」















無意識に零れた呟き。

それは未だ心の隅に残るしこりの表れだった。

椅子にこしかけ鍵盤に指を乗せれば更に鮮やかになるその記憶。

鮮明に 残酷に








やがて流れる美しいショパン









その旋律はあまりに粋美な悲調だった。

音で紡ぐのがもどかしいほどに溢れる想い。彼が込めるものとは如何に。

それは 愛だった。




「……、」




愛していた。誰よりも信じ愛していた。
このメロディも彼の人が指導してくれた、様々な思い出のある曲。
奏でるたびに鞭打たれるような痛さが伴っても、それは愛すべき日々だった。


俺は未だに、それをしがらみとして忘れられずにいる。




















人が聞けば無意識に涙が溢れそうな旋律。校内の隅々まで流れたその曲は、どこか遠い世界から聞こえてくるような音だった。



















永遠に続くかのように思われたメロディもやがて終盤に差し掛かる。
弾いている本人が泣いていないのが不思議なほど悲しい「別れの曲」が、終わりを見せた。




「……ふぅ」



「もう満足した?」




息を付いたとたん掛けられた声に、俺は口から肝が飛び出すんじゃないかってほど驚いた。
跳ね上がるようにして顔を向けた先に居たのは、



「い、委員長…」



ドアが開く音なんて聞こえなかったのに。それとも聞こえていなかっただけなのか。
委員長ってば意外と音楽室似合うな…などとぶっ飛んだ意識の中考える。思考回路が破綻しそうだ。


「許可無しで音楽室を使うなんて良い度胸してるじゃない」
「いっ、いやきょきょ許可ならもらってます…よ?」


あ、ヤバイ馬鹿なこと言ったかも俺。


「ふーん。なら今すぐ委員に確認させても問題はないんだね?」
「ごっごめんなさい無許可でした!!」


カツカツと歩いてくる雲雀に俺は顔面蒼白で身構えた。
まさか風紀委員が休日まで出勤(?)してるとは思わないだろうが。なんて運のない俺。
ついにその学ランが目の前までやってくる、俺はここにきて初めてこの人にぶん殴られるだろう、さようならみんな。
俺はぎゅっと目を瞑って衝撃を待った。



けれどいつまで経ってもその衝撃は訪れなかった。



「…?」



疑問に思って少し顔を上げる。
視線を上のほうへと持っていけばしっかりその切れ長の瞳とかちあった。
しかし殴られる気配はなく、その表情からも恐ろしさは微塵も伝わってこなかった。


「他には何、弾けるの?」
「えっ」
「その耳は飾り?他には弾けるのかって聞いてる」
「えっあっ、色々弾けます、けど」
「ふーん。じゃあ弾いてみてよ。さっきみたいな曲なんかじゃなくて、もっとマトモなの」


もっとマトモなの。という言葉にギクリとする。お気に召さなかったのだろうか、たしかに以前のような演奏は出来てなかったけど。
ここでまた下手な演奏をしたら俺はどうなるんだろう…考えたくもない。


「じゃ、じゃあ有名どころで」


兎にも角にもここで何かを演奏しなければ結局ぶっ飛ばされる。
俺は再び得意だったショパンの中から「仔犬のワルツ」を選曲した。

「…」

軽快なリズムで鍵盤の上を踊るように流れる指。
親しみのあるメロディはほんの一分弱ほどの内容だが、雲雀は一つも音を逃すまいとするように瞳を閉じた。
華やかで穏やかな時間。



「…、」



ピアノを弾くのが楽しい。
俺が昔から大好きなひと時だった。鍵盤を叩き、幾重にも重なった音が創りだす音楽。
何にも変えられない時間。
そして隣にはいつも、俺の愛しい人が居た。


「……。もう…終わりなの?」
「あ…はい」


ほんの僅かな時間で弾き終わったワルツ。
心地良い余韻を残し、教室には再び静寂が戻った。
弾く前に流れていた雲雀への恐怖は消え去っていて、不思議とそこには穏やかな空気が流れていた。






「今回のことは見逃してあげるから…もう一曲弾いてよ」






そうやって伏目がちに呟かれた言葉に俺は一瞬ポカンとしてしまった。
そんな俺を見て「何そのマヌケな顔」と雲雀が顔を顰めたので慌てて次の曲を弾き始める。
そうすればまた雲雀は目を閉じて、俺のピアノを聴いてくれた。



「…」



そう言えば生まれ変わってからピアノを人に聞いてもらったのは初めてかもしれないな。


不思議と暖かい何かが胸に溢れてくる。


弾いている最中、気付けば自然に俺の口元には笑みが浮かんでいた。












穏やかな休日、いつもと違う印象を与える校内。

いつもなら一人弾き終わった後に、胸を引きちぎられるような想いに駆られていた。

けれど今日は 今日は違う。

誰かが聴いてくれている 心穏やかに。



―――――――それだけで。








(名前変換なくてごめんなさいorz)