大分通いなれた道で見る二度目の桜並木。
ぼーっと上を見上げながらも器用に歩き、通学路を進んでゆく。
時たま柔らかな風が吹いては目や口の中に入りそうになる花びらですら心地よさげに、儚げなソメイヨシノの姿を見ては微笑が浮かんだ。
中学二年の春―――――――。
「おーっす!」
「あ、じゃん!おはー!」
「うわっお前花びらくっつけすぎだっつの」
「うるへー」
ちらほらと並盛の生徒が見え始めれば、次々に顔見知りの連中やクラスメイトが俺に声を掛けてくる。
中にはじゃれつくようにタックルをかましてくるヤツもいるもんだから油断は出来ない。
昨日のあの番組見たかー?とか
あのゲームのラスボスがーとか
そんな他愛のない会話を繰り返しながら並んで歩く。いつもの光景。
「そういえばお前の弟、さっそく野球部で活躍してるらしいじゃん」
「ああ、武?」
「そーそー。お前とは正反対で男前だから女にもキャーキャー言われてな、あーうらやましー!」
「俺だって男前だろー!?男前山本兄弟!」
「はどっちかって言うと女前だよな」
「ぎゃははっ 女前!」
「ああん!?テメーぶっ飛ばすぞ!」
ぐにーっと顔を引き伸ばされた。ほっぺ痛いっつーのに!
「あははっ怒んなよ『並盛の高嶺の花』」
「…お前ソレ二度と言うなって言ったよなァこの間」
「おーい高嶺の花がお怒りだぞー!皆の衆であえであえー!」
バカなクラスメイトがそうやって大声を出せば面白がった連中がわーわー言いながら群がってくる。
うッとおしいことこの上ないが、こんなことも日常となっているのだからしょうがない。
ゲッ!誰だ今シャツの中に手ぇ突っ込んだヤツ!?
「だぁーーうぜぇ!!」
「ウザイのは間違いなくキミなんだけど。朝っぱらから群がって、咬み殺されたいの?」
あんだけ酷かった騒動がピタリとやむ。鶴の一声ならぬ鬼の一声だ。
「…ひっ」
「ススススミマセンでした委員長!」
「とっとと消えて」
「「「「「はいいいいい!!!」」」」」
うわー相変わらず見事だな…あいつらも好い加減学習しろっつーのに。
あっという間にいなくなった連中をボケっと見送りながらネクタイを直す。
他の誰にも真似の出来ない恐怖の一喝をくれたお人は、校門に寄りかかり爽やかに学ランをなびかせていた。
並盛中風紀委員会委員長、雲雀恭弥様その人だ。
「…キミ、好い加減に毎朝毎朝うっとおしいんだけど」
「………えーと。俺は毎朝毎朝、委員長に感謝してますよ」
「…」
切れ長の瞳でギロリと睨まれた。(俺ブン殴られるかも)
「…キミ殴られたいの」
「め、めっそうもないです」
愛想笑いを振りまいてぶんぶん手を振ると、そのまま雲雀は「フン」と鼻を鳴らして校舎の方へと歩いていった。
あー助かったー。と一人ホッと息をつく。実際運が良いのか悪いのか一度も殴られたことはないけどやっぱコワイもんはコワイ。
「(でもそろそろ潮時かなー…あんな言葉、初めて掛けられたし)」
俺に群がる生徒を雲雀が蹴散らす、一年の頃からずっと続いている朝の光景。
巷じゃちょっとした名物になってるもんだから雲雀もいい迷惑だろう。なんせ俺のクラスメイトはこれをワザとやってる節がある。
…何がそんなに楽しいのやら。
ハァ。と溜息を吐きつつ俺も昇降口を目指す。
ちらほらと顔を合わせる友人に男女問わず挨拶を交わすのも忘れない。
パタンと下駄箱から上履きを取り出し、入れ替わりでシューズを中に放り投げた。
今日も どこか憂鬱な一日が始まる。
「!購買行くぞ!」
「分かってるって、今日こそヤキソバパンを買い占めるぞ!」
「「「「ガッテン!!」」」」
比較的騒がしいグループに分類される俺とクラスメイトの数名で廊下の上を走り回る。
これもまたいつもの光景で先生たちに怒鳴られようが止まらない。
購買にて学年一勢力の強いのが俺達だ。実は他にも数多く仲間がいるのだがその中の精鋭隊が俺ら。負けられん負けたらそこで処刑される。(仲間内で)
「おばちゃーん!ヤキソバパン全部!」
「はいよー」
「よーし本日のノルマ達成!」
「今日も俺達の勝利だな!早くあいつらんトコ戻って税を徴収するぞー」
どっさり戦利品を抱え込んだ俺は他の連中と大騒ぎしながら教室へと戻ってゆく。
その際に一年、二年、三年。更には教師までもが次々に笑顔で俺に声を掛けてきた。
慣れた笑顔でそれらに一つ一つ返す俺に、仲間の一人が感心した顔でこう問いかける。
「お前ってホント人気あるよなー。いっつもそんな調子で疲れねーの?」
何気ない一言。
他の仲間も興味津々で俺を覗き込んでくる。
そんな連中に、俺は笑顔でこう返した。
「別に?昔っからこうだし」
―――――――そう、昔 から。
「(ま、コイツらが想像出来ないような昔から
ってイミだけどね)」
裏でほくそ笑む、もう一人の俺がいた。
「さ、早く行こうぜ」
中学に上がって少しは周りの環境もマシになるかと思った。
マシにはなった。
けれど今度は下手に交友関係が広がって面倒くさくなった。
愛想と言うほど冷たい物でもなく、自分の中の半分がどこか遠いところで見下してるような感覚。
だから、楽しいと思えてもそれは半分でしかない。
「なあ、今日は屋上で食べねーか?」
「お、いいなーソレ!はどうする?」
「あ、俺ちょっと人と約束あるから。悪いな」
「おいおいまさかまた女の子からの呼び出しじゃねえだろーなー!?」
「ははっ まーな」
「あ゛ークソクソー!ぶっ飛ばしてやりてぇーー!!」
唸り声を上げるソイツにニッと笑ってひらひらと手を振る。
パンの一つをひょいと手にとってから俺は教室のドアをすり抜けた。
「……なーんちゃって」
心の中でべぇと舌を出して人気のない校舎裏を目指す。
実は呼び出しなんて最初からされてない。テキトーに捏造してテキトーに抜け出してきたのだ。
「屋上なんて、誰が行くかっての。古傷に塩を塗りこめってか?」
ドカっと古いベンチに座り込んでネクタイを緩める。身も心もようやっと休まる感覚はいつも通りだ。
あー、今日も空が青いなー。
「あれっ、兄貴?」
「あん?」
ふと聞きなれた声に呼ばれ後ろを振り向く。
しかし其処には人の気配は無く、校舎の壁がそびえ立つだけだ。
「上だ上!おーい」
そう言われてベンチに座ったまま上を見上げると、予想通りの人物が二階の窓からコチラを見下ろしていた。
その姿に思わず口元が緩んでしまう。どうせ俺ぁブラコンさ。
「武」
「兄貴が一人なんて珍しいなー。俺もそっち行って良い?」
「おー、良いぜー…ってお前何しようとしてんだよ!!?」
「ん?」
笑顔で窓縁に足を掛ける弟にお兄ちゃん絶叫。うああやめてやめて落ちるーーーーー!!
ドサッ
「お前!あぶねーだろ!怪我したらどうすんだよ!!」
「ヘーキだってこんくらい」
本当に二階の窓から飛び降りてきやがった武は悪びれもせずニッと笑ってみせる。
先程武が居たあたりでは野次馬数名が下を覗き込んであ然としていた。
「ったく…野球で使う大事な身体だって分かってないだろ…」
「だから大丈夫だって、兄貴は心配性だなー」
「だからそうじゃなくて…!」
全然分かってない我が弟に思わず俺は額を押さえる。
本当にコイツは、どれだけ俺の心臓を止めかけたのか分かっていない。
「いくら大丈夫だからって飛び降りるなよ…」
「……」
…頼む せめて俺の目の前でだけは、 。
「…!」
突如凄い力で引っ張られる。
二階のほうから小さな悲鳴が聞こえた。気付けば俺は、武に抱きしめられていた。
「お、おい」
「悪い…もうしねーから。だからそんな顔すんなよ…」
「……、たけし」
いつの間にか俺よりデカくなった身体。本当にいつの間にだった。
ずっと幼い頃から中身の変わらない俺と違って、どんどん身も心も成長していく武。
俺がずっと守って行こうって決めてたのに、最近はコイツからこんな風に俺を扱おうとするんだ。
まるで俺を薄綿で包むように、壊れてしまわないように。
心地良いと…思っちゃいけない。俺はコイツの、兄貴なんだから。
「俺は何とも思ってないから、そんな気ィ使わなくていいんだよ」
「…兄貴」
「ははっ、なんかお互い様って感じだな」
「…だな」
苦笑を零して武は俺を放した。
昔から優しいところは変わってない。俺を優しく気遣ってくれる。ただその形が、少し変わっただけで。
なんだか変に嬉しくなった俺は照れ隠しに「お前のせいでパンが潰れた」と言って誤魔化した。
ごめん、とまた悪びれも無く笑顔で言うもんだから憎めない。これで何人の女の子を落としたのやら。(罪な男め)
ふと、武が真顔になる。目が離せなくなる。
骨ばった手が俺の頬をするりと撫でた。豆が潰れて皮となった手の平が硬くてなんとなく男らしい。
最近コイツはこういった行為を繰り返す。
意味は分からないが、俺はときどきキスをされるんじゃないかっていうワケ分からん錯覚を引き起こしてしまう。
弟相手にドキドキするのは自己嫌悪でどーしようもないからやめて欲しいのに。
「…あ、予鈴だ」
なんとも言えない空気を打破してくれたチャイムの音が聞こえ、武はすっと手を引いた。
内心ホッと息をついた俺は現時点で昼飯を食べるのを忘れている。相当混乱していたようだ。
「じゃ、じゃあ俺、教室戻るから。部活、ムリすんなよ」
「ハハッ はいはい分かりましたよっと」
ホント兄貴は心配性だなーと言う武にむっとした視線を送りつつ、それでも最後には思わず笑顔を漏らしてしまう。
なんだかんだで俺は、弟が可愛くてしょうがないんだってことだ。
(とてつもなく恥ずかしい本編の始まりです)
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