当たり前に輝く太陽すら煩わしい。そう感じるのは俺の性格が「の」の字の如くひん曲がっているからなんだろう。兎に角熱い。熱い。
ガラス越しに差し込む日差しが俺の右頬と右腕を焦がす。日光が当たっている部分から火が付いたらこの身体は燃え尽きるのかもしれない。
応接室は校内でも数少ない、冷房を完備している部屋だ。クーラーの冷気と太陽の熱が俺の身体を半分ずつに分けていた。
「(そのまま魂まで燃え尽きるか、凍り付いてしまえばいいのに)」
目を細めて冷えた左手と照らされている右手を眺めた。両手ともいつもとなんら変わりはなかった。
「………君、いつまでここに居座るつもりなの?」
向かいのソファに腰掛けていた雲雀が数時間ぶりに口を開いた。
時計を見ると、分針と時針がもうすぐ頂点で重なり合いそうな時間だった。
「もう少しだけ」
「口先ばっか」
両手を下ろして雲雀を見ると、無機質な視線と目が合った。怒ってる時はすぐに分かるのに、こういった表情をしている雲雀は何を考えているのかが本当に分かりづらい。
逆に言ってしまえば雲雀は別に怒っている訳ではないのだ。
「じゃあ、死ぬまでで」
「それなら今すぐ殺してあげるよ」
ソファから立ち上がって雲雀は俺の目の前に立った。見下ろす双眸は近くに来ても何を考えてるのかが読めない。
ふと、これで殺されたら次は何処に生まれ変わるんだろう。と、変な好奇心が沸いてきた。
誰かの腹の中から?それとも異空間から産み落とされるように?死ぬほどの痛みとはどれくらい、生まれる瞬間の感覚とはどのような。次に俺を拾うのはどんな人か。
淀んだ思考を泳ぎ回っていると、まるで脳の細胞が弾けているような気分になっていった。クスリをキメる感覚とはこんな感じなのかもしれない。
決してイイものではないが、悪くもなかった。
「…それも、良いかもしれないな」
するりと零れ落ちた言葉に深い感情は篭っていない。本当に、なんとなく口から出たような言葉だった。
思春期の少年少女が何かしらの壁にぶち当たって落ち込んだ時に「いっそ死んでしまいたい」と思うのは良くあることだ。そして大概はその壁を乗り越えて一回り成長する。
稀にブレーキが掛からず「自殺」なんて結果に持ち込まれてしまうのは本人の周りに頬を叩いてくれる人が居ないからだ。俺が言うんだから間違いない。
人間は「生」を庇護する。それは根本的な本能だ。何故ならば、人は命を一つしかもてないから。
これは食物連鎖、万物においての常識であり疑う余地のないもの。
そんな蟻でも知ってるような事実から外れてしまった俺はどんな生き方を選べば良いのだろうか。
いつのまにかそんな哲学っぽいことをつらつらと考え始めてしまうのも今日だけで8回目。中身のカラッポな論理学だ。
つまりは雲雀が俺に喝をいれてくれるのか否かということで。
「……………気に入らない」
「っ」
雲雀は素手で思い切り俺の頬を殴り飛ばした。
予想通りの衝撃でソファへと倒れこんだ俺は堪らず哂った。
「ハハッ。やっぱり優しいですね、委員長」
「……」
更に反対側の頬に二発目。俺の思ったとおり、雲雀には遠慮がなかった。
雲雀みたいな奴なら、目の前で「死にたい」なんて言う人間がいればそのまま死んでも良いってくらいに殴ってくれると確信していた。
別に殴られるのが好きとかそんなんじゃなくて、俺はまだ正常な思考回路を保っているということが確認できた。
なんて身体を張った自己認識。本当の意味での「現実」が痛みなのなら、俺はそうまでしないと本来の常識を忘れかけてしまうのだろう。
血のにじんだ口元を拭おうとした時、雲雀は突然俺に跨って襟に手をかけてきた。
怒らせたかな、ボコボコにされるかもしれない。と思って雲雀を見上げていたら、今までで見たこともないような冷たい視線と目が合った。
その瞳に思わずゾクリと背筋が凍る。次の瞬間、ボタンがはじけ飛ぶ勢いでシャツを破かれ、俺は思わず両目を瞠目させた。
「え、なっ…?」
するりとしなやかな手のひらが俺の腹の上を這い回る。
探るような手つきが、まるで硬直しているこの身体をほぐしているようだった。
「いいん…ちょ…う」
暖かな温度にたまらず酔いしれていると、ふいに雲雀の唇が俺の肌に触れた。
「っ…え、 あっ」
思わず零れた声に一瞬雲雀が顔を上げる。少しだけ驚いているように見えたけど、それもその一瞬だけだった。
再び唇が触れる。一箇所、二箇所、三箇所。何かの道を辿るように、それは徐々に上の方へと上ってきた。
段々と上がる息と上気する肌。俺たちは学校で、しかもこんな授業中に何をやっているのだろうか。
「はっ…委員ちょ… つっ!」
いきなり噛み付かれ、ビクンと体が跳ねる。
…感じるどころか、今のは結構痛かったぞ。
「名前」
「…っは?」
「名前」
「(なんのこった)山本」
「違う」
「…………雲雀恭弥?」
雲雀の名を口にした瞬間に噛み付くようにキスをされた。
物凄い力で顎を抑えられて口を開かれる。こじ開けるように入ってきた舌は、相当な熱を持っていた。
「ひば、 ふっ は…」
「……ん…」
俺の髪の毛を掴み、雲雀は何度も角度を変えながらむちゃくちゃなキスを仕掛けてきた。
そんな雲雀に追いつくのがせいぜいで息を付く暇もない。受け止めきれずに零れ落ちる唾液も気に留めず、まるで格闘でもしてるんじゃないかって程に激しい口付け。
微かに血の味も混ざっていたが気にならなかった。それ程までに俺たちはお互いの何かを求めていた。
「はぁ…っ ひ、ばり ふっ…」
「こんなことしてる時くらい…はっ 名前で呼んだら、どうなの」
「んっ 以外に…ロマンチストなんだ…、な」
「舌噛むよ」
「痛っ」
雲雀は本当に俺の舌を噛んでそのまま唇を離した。
じーんとする舌に涙目になる。このまま口内炎になったらどうしてくれるんだ。
「馬鹿馬鹿しい」
雲雀は興ざめとばかりに眉を顰めて立ち上がった。
そのまま離れようとした雲雀のシャツをはしと掴む。
煩わしげに振り返る雲雀に、俺は今までに誰にも見せた事の無い表情を引っ張り出して、一段と甘ったるい声を出した。
「俺を慰めてくれるんじゃないの?」
微かに変わった目の色を見て思わず口元が釣り上がる。
そしてその瞬間に訪れた既視感。
「(そう言えば俺、前世でも同じような事してたかも)」
先生の裏切りで絶望の淵に立たされていたとき、一人になる事にとてつもない不安を持った俺は、来るもの拒まず、時には自ら誘って寂しさを紛らわしていた。
それらは殆ど無意識の行動で、大概は事後に物凄い後悔に襲われるハメになる。
俺って、本当に学習能力ないんだな。
「わぷっ」
心の中で自嘲していたら、顔面に向かって何かを投げつけられた。台布巾だ。
しばらく布巾を見つめていると、バタンとドアが閉まる音が聞こえた。
「…………逃げられちゃった」
ぽいっとテーブルの上に布巾を投げてゴロンとソファに寝転がる。
もしあのまま雲雀とヤっちゃってたらいよいよ俺の居場所が無くなっていたかもな。
自分のバカみたいな行動に思わず失笑が零れ落ちる。
「どうしたもんだ。俺よりよっぽど雲雀の方が理性的で大人じゃんかよ」
あーあ。と呟く俺の中には、そんな雲雀への感謝の気持ちと
ほんの1%の寂しい想いが、確かに渦巻いていたのだった。
「―――――…すぅ…すぅ…いたらきまぁす……」
「いつまで寝てんの?」
「ガフッ!!〜〜〜…うわっ!」
気持ちよく寝こけていた俺は横っ腹を容赦なく蹴られ反動でソファから転げ落ちた。
「いってぇ〜」
「もう最終下校時刻。何処で寝ようと構わないけど、ココで寝られたら他の委員が入ってこれないから出て行ってくれる?」
「……ん〜〜昨日全然寝れなかったから眠いんだよ…」
「「「「!!!!!(カアアア)」」」」
「…って普通に他の委員も入ってきてんじゃん」
「彼等が部屋の前でおろおろしてたから話を聞いた。…それより早く直したら?服」
「あ」
ふと、かろうじて身体に引っかかってるだけのシャツを見てそのまま寝ていた事に気付く。肌蹴た胸元からは数箇所のキスマーク(と、歯型)が残っていて、はたから見れば誤解されても弁解のしようがない格好だった。
それにしたって蹴り飛ばす事ないじゃんか。折角あとすこしでミニチョコサンデーが食べれたのに!
「………………でもォ、雲雀が勢いよくシャツを引き千切るからボタンとか吹っ飛んじゃってるしィー。着替えとか持ってきてないもーん」
「「「「(ヒ、ヒイイーーーー!!!)」」」」
ちょっとした仕返しだ。殴られればなあ、人は痛いんだぞ。ニヤニヤ。
面白いくらいに狼狽える他のリーゼントを見てぷくく。っと笑いを堪える。
雲雀なんて赤面してたらどうしよーと手で口元を押さえながら俺は上を見上げた。……きゃーー……こわぁーい……
「いい度胸してるね。じゃあ君が一生寝れないくらいに僕の家で可愛がってあげるよ」
飄々とプロポーズレベルの愛の告白を口から吐いて雲雀は俺の首根っこを掴んだ。
騙そうとして逆に罠に嵌ったタヌキよろしく、俺は猟師もとい雲雀にずるずると引きずられて応接室を後にした。
「あのー…委員長ー、『僕の家』ってー…」
「ハイ」
「え?ヘルメット?」
「そんな格好をしてるって人に知られても良いんだったらしなくても良いけど」
「うわ、ま、待って!!」
今にも発進しそうな雲雀の後ろに慌てて乗り込む。この際なんで中学生がバイク通学なのかは突っ込んだら負けということで。
エンジンをかけて動き出したそのバイクは、裏門を通って住宅街を駆け抜けていった。
風を切る感覚が気持ちいいと感じたのは初めの5分だけで、段々とその風によってむき出しの腹が冷やされてきた。いくら暖かくなってきたとはいえまだ5月上旬。季節の移り変わりに気を抜いたら風邪を引くような季節だった。
「ねえねえ、本当に委員長の家に向かってるの?」
「……君さあ、もっと統一とか出来ないわけ?」
「何が」
雲雀の細い腰にしっかりと掴まりながら、ワイドに流れる景色を眺める。
日が落ち始めている並盛は赤く照らされ、まるで昼間の明るい日差しが嘘のように穏やかで感傷的に俺の目には映っていた。それはいつも感じる、感情だった。
「敬語だったり、タメ語だったり。呼び名もしょっちゅう変わる」
「…あー…確かにそうですね」
そして確かに俺の中で荒立っていた波が静まりつつある事に気付く。
「じゃあもう面倒くさいから、いっそ砕けちゃおうか」
「何を今更」
その時初めて雲雀が笑った。
表情こそ伺えなかったけど、その時雲雀は確かに笑ったんだ。
「ありがとう…。恭弥」
「……」
俺の呟きが聞こえたかどうかは分からない。
俺たちはそれから、一言も話さないで街中を走り抜けた。
前次