「なぁ〜頼むよ〜!」
「だから…一年の時も言っただろ、俺はやらないって」
「そう言わないで!!頼みます!!!」
「もう様しか居ないんです!!」
「「「先輩〜〜〜!」」」


今、俺の目の前で頭を下げているのは剣道部副主将のクラスメイト一人と、その他もろもろの剣道部員達だ。
こんなやりとりも本日5回目。俺が学校に登校した時から始まり、休み時間の度に教室に押し入ってきてこんな風に頼み込んでくる。
何故こうなったかというと…。



「持田主将が使い物にならない今、俺達剣道部はまさに空前絶後の大ピンチなんだ!!!」



と、言うワケらしく。


「別に俺に頼まなくても人数が足りてない訳じゃないんだろ?他の部員使ってやれよ…ハァ」
「今週の試合は負けられないんだよう!」
「持田先輩をボコボコに負かした先輩しか頼みの綱がないんです!」
「いっそそのまま剣道部に入部してくれても構わないんだぞ!お前ならすぐに主将になれる!!」


同情するワケじゃないけど持田…お前って信頼されてなかったんだな…。
さすがの俺もうんざりしてきたその時、廊下から教室を覗き込んで手招きするヤツと目が合った。顔見知りだ。
首をかしげ自分を指差すと、向こうもうんうんと頷いてくる。頼みます〜貴方様しか〜と呻き声を上げる剣道部を一蹴し、そいつの方へと向っていった。


「どうしたんだよ」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」


深刻そうな顔で言葉を発するのは確か、野球部でレギュラーに入っている奴だ。
武絡みかな…と俺はなんとなく察する。


「お前の弟のことなんだけど、最近調子悪いみたいなんだ。それで何か悩みでもあるのかな…って思って。、何か知らないか?」
「……」


予想通りの言葉に俺は静かに目を伏せる。
その時脳裏に過ぎったのは、悲痛な表情を浮かべながらも必死に笑顔を作ろうとする弟の姿で。
守る立場であるはずの俺が武にあんな表情をさせていると思うと、未だにあの時の清算をつけられずに逃げ惑う自分自身が、酷く卑怯に思えた。
…何が兄だ。弟の大好きな野球まで狂わせておいて。
武が本当に野球が好きなのは俺が一番知っている。そして俺自身も、そんな頑張ってる武の姿を見るのが何よりも大好きなくせに。
俺は14年前からなんにも変わっちゃいない。

例え過去の柵からは抜け出せなくても
今ある人生の中で最も大切な人にだけは、悲しい思いをさせたくないのに。


ゴメン…武。




「…分かった。俺が今日聞いてみるよ」




兄ちゃんもけじめをつけなくちゃ、な。












































何人かの生徒が慌しく駆け抜けてゆく下駄箱前。
先程予鈴が鳴ったにもかかわらず、俺はその光景をただぼんやりと眺めて見送っていた。
このままサボって家に帰ってしまおうか。でも鞄は教室に置きっぱなしだし…。
あの後再びしつこく言い寄ってきた剣道部員達にうんざりした俺は、現在なんとか姿をくらましてここまで逃げてきていた。
また教室に戻ってもどうせ奴らは休み時間には押し入ってくるだろうし。
武と話を付けるからには心を穏やかにしておきたい。


「(……取り合えず授業が終わるまで、応接室当たりでサボらせてもらうか…)」


雲雀に何か文句を言われたらピアノを弾いてやればいい。
弾いている俺も心を静められるし、雲雀もそれなら追い出したりはしないだろうし、一石二鳥だ。







「山本か」







教師の声にしては異様に高い。
同学年の奴か、同級生の奴か。はたまた風紀委員の奴か。それに比べたって十分に高い声だった。
一体どんな奴だ、と思い振り返っても、そこには授業中のため異様にシンとした廊下が続いているだけ。


「どこ見てんだ」
「あいたっ」


ガン!と思いっきり脛を蹴られて視線を下げれば、そこにはスーツを着こなす赤ん坊の姿が。


「……………………………………………えーっと…」
「俺の名はリボーン。ボンゴレファミリーのヒットマンだ」
「……リボーンくんか。それで、お兄ちゃんだかお姉ちゃんだかに会いに来たのか」


な?と言い終える前にチュン!と何かが俺の頬を掠めた。
はらりと数本の髪が舞う。そっと頬に触れてみると、手のひらには少量の血が付いていた。(…銃弾!?)




「お前に言っておかなきゃならねーことがある」












前世の記憶を持って生まれるという人間は、少なくとも俺だけではないだろうと勝手に推測していた。
テレビなどでは不可思議現象として取り上げられることもあるし、俺のように他言しないようなタイプもいるのかもしれないと思ったからだ。
それらは自分を慰めるだけの推測にすぎないけれど、俺はこの14年間ずっとそれで自分を誤魔化してきた。
自分は決して特別ではない。例外ではない。
―――――…そうでもしなければ贋物としか思えなくなるから。
前世での19年間を。もしくは今生きてる世界自体を。
それは俺にとって自己防衛の一つの手段だった。












「お前はいずれ、全マフィア界から追われる身になる」
「…何の遊びかな?」
「遊びじゃない。お前の為に言ってんだ。信じられないならもう一発食らうか?」


向けられる銃口に眩暈を覚える。
例えば彼が赤ん坊ではなく、見た目も厳つい大の大人だとしても。俺はその言葉を容易には信じることは出来なかっただろう。


「待て、待ってくれ。…もしそれが事実だとしても、何で俺が狙われることになるんだ?俺は普通に日本で生まれて日本で育ってきた凡人だぞ」
「少なくとも出生は日本ではないだろ」
「!」


赤ん坊らしからぬ口調から出た一言に、俺は撃たれてもいない心臓を抑えた。
この赤ん坊は、リボーンは。


「何を…根拠に?」
「極秘でお前のことを調べさせてもらった。お前の本当の名は……」


 


「――――――――……!!!」


その名に沈めてきた記憶が一気に解き放たれる。
母の記憶、父の記憶、兄の記憶、生まれ故郷での記憶、ピアノの記憶


先生と出会い、共に過ごしてきた記憶。最も鮮明に思い出せる温かいその時間達が狂ったように流れ そして

裏切り。

憎しみと悲しみと愛を、広がる夜空に託し 俺は 空を 蹴った。


「うっ、ぁ…ああ ああああ ぁっ!!!」


走馬灯に耐え切れず崩れ落ちる身体は、記憶の中の自分よりも一回り幼かった。
ガクガクと震える身体を抑えこむように己を抱きしめる。ちっとも色褪せない記憶は優しくて、残酷だった。


ぺちん


目の前で小さな両手が音を鳴らした。
ハッとして前を向くと、リボーンが「正気に戻ったか?」と幼い声を発する。


「間違いないな。お前は、仮想臨死体質の人間だ」
「…っ、か、仮想臨死…?」


少しずつ治まってゆく震えと冷や汗を感じながら、聞きなれない単語をそのまま繰り返す。


「詳しくは研究中だが、その人間は肉体が滅んでも魂だけは消えずに蘇ることが出来ると言われている」
「っ!? それって」
「つまり前世の記憶を持って転生出来るということだな」


その言葉に俺は愕然とする。
これは全て「体質」という言葉で片付けられてしまうということなのか?
記憶が消えないということは、どうあがいてもあの苦しみから逃れられないということなのか?


「…はっ。消えない。何度死んだって消えることが出来ない。それじゃあまるで」
「不死身の身体と一緒ってことだ」


代弁するようにリボーンが続ける。
途方も無い現実に、ずぶずぶと底なし沼へと沈んでゆく錯覚を覚えた。
抜け出せないのか。俺は。いくら絶望したとしても、忘れることを許されない。
罰だと、遥か遠くの闇から声が聞こえたような気がした。






「はっ あははははは!!!信じるかよそんな出鱈目!不死身だから俺はマフィアに狙われるってか!?ガキのごっこにしては大層な妄想だったな!!」






リボーンは狂ったように笑い出す俺を黙ったまま見つめていた。


「……信じる信じないはお前の自由だ」


そう一言放った後、リボーンはぴょんと窓縁に飛び移り、何の前触れも無く銃を撃った。


「ちゃおっす」
「リボーン!!…と、先輩!?」


名を呼ばれゆっくり顔を向けると、声の主はビクリと身体を縮こまらせた。


「…リ、リボーン。まさかお前、先輩に何か変なこと言ったんじゃないだろうな…!?」
「お前には関係ない」
「ふ、ふざけるなよ!!だって、だって…(先輩、今にも泣きそうな顔してる)」


「そんなことより、思ったより早かったな、獄寺隼人」


リボーンが名前を呼んだ人物は、俺が球技大会の時にぶつかった銀髪の男だった。


「あんたが9代目が最も信頼する殺し屋、リボーンか。沢田を殺ればオレが10代目内定だというのは本当だろうな」
「ああ本当だぞ。んじゃ殺し再開な」


目前で繰り広げられる会話と爆撃戦に嫌でもマフィアの存在を認識させられる。
ボンゴレファミリー…イタリア、か。オレはイタリア、好きだったな。
公演で何回か訪れたことのある国だ。美しく活気あふれたローマの街で弾いたあの演奏は、忘れられない良い経験になった。
…が死ぬ半年前の、まだ優しかった頃の記憶。


「……俺がどこかのマフィアに連れ去られたら、どうなる」
「確実にモルモットとして長い間実験と解剖を繰り返されることになるだろうな。真っ先に人格を破壊されるかもしれない。間違えて殺してしまっても替えが利くから、容赦なんてされないだろう」
「俺の身内は」
「消されるな」
「……俺はボンゴレに、売られるのか?」
「それはない」


淡々とした口調は実年齢に不釣合いだった。もしかしてこの赤ん坊も、見た目と中身が食い違ってるのかもしれない。


「ボンゴレファミリーはあの実験については否定派だからな。まあツナがお前を利用しようと考えるのなら別だが」
「沢田、綱吉が…?」
「あいつはボンゴレの10代目候補だからな」
「…それはまた、大層だな」


軽く失笑を浮かべて見せても、俺自身が何かを考える力は既に残ってはいなかった。
これ以上他に衝撃を告げられても容量の超えた今の俺では受け付けることさえままならないだろう。

「(…もう、疲れたんだよ)」




















死ぬ事が出来ない俺は、一体何処へ逃げれば良い?(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)



























































「…え、兄貴、帰ってないの?」
「そうなのよー、連絡も入ってないし、アンタと一緒に帰ってくるかと思ってたんだけど…」
「おーおーついに家出しやがったか、あのバカ息子め」
「最近様子がおかしかったものね」


母から告げられた一言に身体が硬直する。
兄貴は俺から、逃げたんだ。





今までギリギリに保っていたものがその時

ピシリと音を立てて

崩れ去っていった。