優雅な午後のティータイム。
クッキーとケーキの並んだ小皿がこれまた美しい細工が施されている。匠の業だ。
香りのいいダージリンを一口頂けば、芳しい後味に身も心も蕩けてしまいそうな感覚を覚える。
英国貴族のアフタヌーンティーとはこれほどまでに甘美なひとときだったのだろうか。
「おい、サボるんじゃないぞ」
「…ふぅ。シュバルトも少しは上品にティータイムを嗜んだらどうなんだ?折角美しい街に来ているのだから」
「……(コイツなんか変なもんでも食ったのか?)」
見た目からして暑苦しいシュバルトは上品の欠片も無くずずずずと紅茶を飲み干した。
その所作で折角雰囲気を作って良い店にまで入った甲斐が一瞬にして崩れ去ってしまった。
…このクソ師匠め…っ折角パツキンのお姉さんを引っ掛けようと紳士ぶってたのに全てが水の泡じゃねーか!!
「あー…お前が隣に座った瞬間に好感を持って送られてた視線が見事好奇にすり替わってしまったよ」
「ああそれはそれは悪かったな。で、だな、」
「(くまさんパンツくまさんパンツくまさんパンツ)」
「それなりに地元の情報屋に聞き込みをしてきたんだが、ある程度めぼしい人物を絞ることができそうだ」
「…ふーん。じゃあ結構すぐ終わりそうじゃん」
「取り合えずアテがあるからには今すぐにでも探しに行くぞ。順を追って指示を出すから、お前は念を発動させておけ」
「ほいほい」
チャキ。と眼鏡を取り出し、シュバルトが言う人物を検索にかける。
ちなみに俺らがこの街に滞在し始めてから既に二日ほどが経過している。
思いのほか大きいこの街には、マフィアちっくな裏社会も根強く形成されているらしく、「賞金首」などという検索をかけてしまった時には半径100km以内で軽く1000人を超える該当者を引っ掛けてしまったのだ。
こんな人数を片っ端から絞めて行っては任務を終える前に依頼人の会社が破綻してしまう。まあ、街がキレイサッパリになって住みやすくはなるかもしれないが。
と、こんな状況に「しょうがない」と一言つぶやいたシュバルトが打開策として情報を買ってきたということだ。
俺からしてみれば最初からそうしとけよ。という所だけど。
「――――…んー、コイツも違ったみたいだな」
「まだリストは半分残っている。次だ次」
シュバルトは気絶した男を投げ捨て小さいメモに目を通した。
かれこれこの3時間位で4人ほど賞金首をとっつかまえたが未だアタリとは遭遇していない。
とばっちりを受けた方々には申し訳ないけど所詮は賞金首。警察に突きつけられないだけ助かったと思ってください。
「次は…なんだ、男女二人組みか?しかも名前どころか顔も特徴も何も分からない…と」
「なんだソレ?なんでそんなのがリストに載ってんだよ」
「俺は一定の期間からこの街に滞在している賞金首、って奴らを調べてもらっただけだからな」
「んじゃその二人も賞金首には間違いないんだろ?カップルの賞金首なんて珍しいし検索かければ見つかるとは思うけど」
「そうだな…。それじゃあ残りの奴らの適当な居場所だけこの場で調べてみてくれ。俺がまとめてとっつかまえてくるから、お前はその二人組みを探して来い」
「了解」
俺は素早く残りの3人ほどを検索にかけ、地図にその居場所を書き記していった。
地図を持って確認したシュバルトは、「もしアタリだったらすぐに連絡を寄越すように。絶対だからな。一人でなんとかしようとかボケたこと考えんじゃ(以下略」と言い残してあっという間に姿を消した。
シュバルトの姿が見えなくなった後、公園に一人取り残された俺は静かにニヤリと笑う。
「…バーカ。せーぜー連絡の来ない携帯を握り締めて焦りまくるがいいさ。 ”男女二人組みの賞金首”」
もちろんシュバルトの小言など聞くわけも無い俺は、例えその二人がターゲットでもターゲットじゃなくても捕まえて賞金を頂こうと目論んじゃったりしている。
「折角賞金首を探し出すんだから、目の前の賞金を頂かないと失礼ってもんだろ?」
天空闘技場では何だかんだで3試合しかしてなかったから思ったよりも稼げなかったし。
「だいたいカップルで犯罪者なんてけしからん。この俺が二人仲良く成敗しちゃるきにイッヒッヒッヒ」
ああ先に言っておくがこれは決してひがみではない。
「んー?ゲッ、なんだこれ」
検索結果がレンズ越しに映し出され、俺の行く先を示す。
しかしその映像は予想していたものとは大きく外れ、カップルらしき二人組みではなくグロテスクな肉塊を映していた。
「まさかこの肉塊が賞金首のカップルってことか?うっ。しかもコレここの公園じゃん!」
肉片や血液が飛び散っているコンクリートの緑は、今まさに俺が踏みしめている地面と同じ色をしている。
うわマジありえねえ!白昼堂々公園で殺人事件なんて起こすなよ!
幸いこの公園は、昼時にも関わらず人通りが少なく敷地も広い。
たしかに殺人にはもってこいの場所かもしれないが…。
「それにしたってミンチはないだろミンチは。うああしばらくハンバーグは食えないな…」
思わず昨日食べたローストビーフがぺろっと出てきちゃいそうだぜ。
メガネを外し、無意味に新鮮な空気を身体いっぱいに吸い込む。
ある程度肝を据えたところで「うっし!」と声を張り上げ、はじめの一歩を踏み込んだ。
お母さん、俺は今から漢になりにいきます。
「―――――――…もう用も済んだし、そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
一人の青年が原形を留めないまでに切り刻まれたソレの中に片手を突っ込み、何かを取り出す。
血にまみれたソレをハンカチで拭えば、見たことも無いような美しい装飾の指輪がその姿を現した。
「まさか自分で身に付けていたとはね。ま、コレで団長も満足するでしょ」
誰が見ても好青年、と言えるまでの爽やかな風貌の彼は、これまた爽やかな笑顔を浮かべて頬に飛び散っていた返り血を拭った。
その傍らには目つきの鋭い少女が立っている。片手に携帯電話を握り締めているようだった。
「………もしもし、パク?うん、こっちはもう片付いたよ。これからそっちに合流する」
「マチちょっと貸して。パクノダ、ノブナガに俺今夜は飲み会パスって言っといてくれない?えーだって今日用事が…――――――っ!!」
青年が話を止めガバっと振り向いた瞬間には、マチと呼ばれた少女がその方向へと向かって走り出していた。
『…シャル?どうしたの?』
「あ、ごめんごめん。すぐ向かうから待ってて」
何食わぬ顔でピッと携帯を切りシャルナークも後を追う。
「…あれ、逃がしたの?」
「……逃げ足の速いヤツだね」
へー。と関心気味に相槌を打ちながら「どうする?」と炯眼の少女を見遣う。
「追うよ。針は刺してある」
彼女の人差し指からは見えない糸がある方向に向かって伸びていた。
「了解。はさみうちで行こう」
シャルナークが凝を発動しながら糸の先を追いかける。狙いを定めればネズミ一匹も捕り逃すことはない狩人達だ。
追いかけられる側はまさに地獄を見るだろう。本当なら一瞬で捕まり次の瞬間には首が飛んでいる筈だった。
しかし距離はなかなか縮まらず、徐々に人の気配が多くなる。シャルナークとマチはとうとう商店街の方まで降りてきてしまった。
既に常人には視線で追うことすら出来ないスピードで走っていたが、それでも相手の背中が見えてこない。
「あぁ゛ーイライラする!」
「いや、そんなに手間はかからなそうだよ。向こうがスピードを落としてきた。逃げ切れたとでも思ってるんじゃない?」
マチはそう言って糸の先を睨みつけた。
「…この先は噴水広場か。じゃあ俺が先回りしてくるよ」
「くれぐれも感づかれるんじゃないよ」
「分かってるって」
シャルナークは気配を消してスピードを上げた。
向かうはこの街の中央に位置する大きな噴水広場だ。もちろん一般人も多く存在する。
大きな騒ぎを起こすのは面倒なので入り口の死角に身を潜めてターゲットを待ち伏せた。
もし相手がそのまま真っ直ぐ走ってくるなら此処を通らざるを得ない。いつでも来い。とシャルナークは神経を鋭くした。
「……もしもし!…おい、出ろっつーの!ったくこの緊急事態になんで繋がらねぇンだよ!!」
大きな力の気配がした。来たか、と思い飛び出そうとするが、何故か身体が言うことを聞かない。
聞き間違えるハズがない
まさか 今のは
「……っ !?」
堪えきれず上げた声に、彼が振り向いた。
幼い頃から共に連れ立って生き抜いてきた、片割れとも言える存在。
たとえ何年顔を合わせていなくても、俺がお前を間違える筈がないよ。
なんでこんなところにいるの?
なんで俺たちに何も言わずに姿を消したの?
嗚呼でも今は
もう逃げられないようにお前を…抱きしめたい。
「…っ来い!!」
「っ!うわっ」
目を見開いて固まっているの腕を掴み取ろうとした瞬間、シャルナークの視界を黒くて大きい影が遮った。
「!!?」
思わず腕を振りかざして身構えたが、目を開けた頃には既に跡形もなくの姿は消えていた。
白昼夢かとも思える一連の騒ぎにシャルナークはただ立ち尽くす。
「…、やっと見つけた」
それでも既に何もない処を見つめている双眸は力強く光っていた。
幻のはずがない。自分は確かにこの目で見たんだ。
「シャル?シャル、どうしたんだい!?」
一足遅れて広場に入ってきたマチは、立ちすくんでいるシャルナークを見つけて声を荒げた。
確かに獲物はこの広場に入っていった。なのに死体一つも転がっていなくてシャルナークは呆然と立ち尽くしている。一体どういうことだ。
「シャル、聞いて…」
「マチ。やっと見つけたよ」
言葉を遮られ眉を顰めるが、シャルナークが見つめている先を見ても何も見当たらない。
一体何を、と問おうとした時
マチは確かに浮かんでいる微笑を目撃した。
「……シャル、確かなんだろうな」
廃れたビルに介するのは8人の男女。
先程から一人が発した言葉によって、その場には言いようのない緊張感が漂っていた。
「間違いないよ。それにを連れて逃げたのは、シュバルトだったと思うから」
「アイツが側にいたのなら間違いないだろうな」
フィンクスの一言に周りの仲間も静かに頷く。
クロロはふっと目を伏せた。
「ワタシたちもう充分過ぎるほど待ったね」
「そうだな。好い加減の居ない仕事にも飽き飽きしてたとこだし」
「…そろそろ、連れ戻さないといけないな」
とうとう蜘蛛が動き出す。
逃げ出した一つの宝石を 今こそ絡めとらんが為に。
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