一通り荷物を詰め終わったところで「少し出てくる」と言い残し俺は部屋を出た。
ぷらぷらとその辺を歩けばまるで十戒の如く道が開く。確かにおかげで歩きやすい。歩きやすいんだけど…クソッじろじろ見てんじゃねーよ!!
「(あーイライラする!核兵器が歩いてるわけじゃねーんだからそんなあからさまに避けなくったっていいだろっ!?)」
こんなんでもナイーブなんだぞ俺の心は…!とぶつくさ呟きながらペースを上げて、ある部屋を目指した。
記憶の蔓を伝っていけばやがてその部屋が見えてくる。部屋番号をチラリと確認してから、俺はベルを鳴らした。
『…開いてる』
少し間を置いて声が聞こえてきた。声色が落ち込んでいるように聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。
…手加減はしたから、別にしゃべれない程痛いってワケじゃない、よな。
取りあえず入室拒否はされなかったことに安堵する。
「…お邪魔します」
そっとドアを開いて中を伺う。一泊置き、静かにドアを閉めてから、部屋の奥へと入っていく。
前も思ったけど静かな部屋だ。多分、これが普通の状態なんだろうけど。
自分の部屋が常に喧騒なだけに少し新鮮に映る。カストロはこんな部屋にいったい何年暮らしているのだろうか。
数日前に二人で座り込み語り合ったその場所に、カストロは半身を起こした状態で座っていた。
幾分かやつれているようにも見えるその顔は、けれど想像していたよりは大分落ち着いているように見える。
「以前来た時の『お邪魔します』と比べると随分調子が低いな」
フッと目を伏せ穏やかに笑ってみせたカストロの言葉に、俺もゆるい笑顔を浮かべた。
「座れ。話したい事があるのだろう?」
「ああ」
指された椅子に腰掛けて息を吐き出す。
カストロは俺を見つめ、どう切り出してくるかをじっと伺っていた。
浅い沈黙が流れる。
俺がコイツに伝えたいこと。
大丈夫、後悔をしたとしても…俺はコイツに伝えるんだって、決めたから。
「俺は…ある人物を、探しているんだ」
「ある人物…?」
繰り返すカストロから少し視線を下げ、シーツの皺を眺める。
「今までの生活を…取り戻すために探している。詳しくは言えないけど、そいつを見つければ俺は元の生活に戻れるんだ」
「…」
「ハッキリ言って奪われたようなもんだよ。最初はワケ分かんなかったし、今でもたまにムカついたりする。けど、」
言葉を区切り、顔を上げる。
「それから得た物もたくさんあった。ぶっちゃけると、「今とそれ以前とを天秤にかけてみろ」と言われても、今の俺には答えられないと思う」
それは本心から出た言葉だった。
「は…後悔はしていないのか」
「後悔なんてしょっちゅうしてるさ。でも俺は、すぐにやりたいコトを見つけてきちゃうからな」
後先考えることが苦手なんだ。と付け足せば、カストロも「だろうな」と笑みを零す。
「だから俺は…ゆっくりでも良いんじゃないかって思ってる。もっと念のことも知りたいし、遠回りしてからでも適当に探そうかってね」
「…そうか」
カストロはすっと目を細め、向かいに座る相手の双眸を見つめた。
彼が己に何を諭そうとしているのを理解し、そして改めて不思議な青年だということを認識する。
”私の過去を知り、更に私が何を追いかけているのかすら、何故この男は見透かしているように語りかけてくるのだろうか。”
は私に「自分をもっと自由にする」ことを伝えようとしている。自身を掛け合いに出してまで、何故そんなに必死になってくれているのかは…分からないけれど。
「私は…お前が一体どんな奴なのか、試合の最中まで疑っていた男だぞ?」
なのに何故、私にそんな話をしたんだ。とまでは口にせず、の反応を伺う。
とたんに表情を消したから発せられてくる、言いようもない緊張感。
私は思わずごくりと生唾を飲み込んでその返答を待った。これに対してはどんな罵言も覚悟の上だ。
緊張がピークに達したその時、はキッと眉を吊り上げて身体を乗り出してきた。
「あんなぁ、どんな奴も何も俺はふっつーの人間なわけ!!それを相手がどう勘違いしてるのなんて考えるのもアホらしいし原因だってまあ自業自得だよコンチクショウ!
たしかにあの試合は完全に俺が悪かった、ああ悪かったさ!殺す気は無かったって今更言う気もないけどでもな、これだけは言わせてくれ!
俺は歩く核ミサイルじゃねえっつーーの!!!」
――――――後半は…意味が分からなかったけれど。
「お、落ち着け!分かった、私はもう誤解などしていないから…!」
「ゼェハァ…わ、悪い。ついストレスが爆発して」
試合で息一つ乱さなかった男が息を荒げ、肩を上下に揺らしながら身体を引っ込める。…息継ぎ、無かったな。
ふと私の頭の中でカチリと何かが合わさる音が聞こえた。最後のピースがはまった音だ。
その時にようやく、私の中でという男の正体が一致したのだった。
「…何で笑ってんの?」
「ククッ…いや、大したことじゃない。そんなにむくれるな」
「俺がこんなに真面目に話してんのにお前が笑うからだろ」
「(だからだよ)」
口にすれば益々むくれてブチ切れるだろうから、私は心の中だけでもう一度笑った。
真っ直ぐで芯はあるのに、柔軟で何者にも囚われず。
奔放に見えて客観的な視野も持ち、そして人を変えてしまう何かを持っている。
そして何よりも眩しいほどに素直だ。本当は頭の回転は絶対的に良いはずなのに策略的な部分を塵も感じさせない。
それは彼が、自分を取り繕うこともせず、且つ無意識に最悪の事態を回避しているからだろう。
試合の中ではそれらが顕著に表れていた。直接刃を交わした私だからこそ分かる。
のオーラは、よく見れば不思議な形をしていることに気が付いた。
見たことも感じたことも無く、密度の濃いオーラ。念能力者という以前に…こんな人間は、初めてだ。
これは、私の中の仮定にすぎないけれど。
例えばヒソカに出会う前にこの男と出会っていたとしたら。果たして私は今もこの場に居ただろうか。
じっと同じ場所に留まり続け、ただ一人の人間の影を追うだけの人生を選んでいただろうか。
あくまで仮定だ。だがに出会った私は、確実に物事の捉え方を変えさせられていたに違いない。
ヒソカに同じ屈辱で返そうと、この天空闘技場にこだわるということは無かった筈だ。
何故ならば、私はこの男の様な生き方を…望むからだ。
「お前が、羨ましいよ」
「…何の嫌味だこの色男」
もう一度私が笑えば、も頬杖をつき苦笑を零す。
もっと早くお前と出会いたかったな。
小さく漏らすとは笑って、「まだ遅くはなかったよ」と言った。
俺はただいまの”だ”のところで口を停止させ、目の前に仁王立ちするオッサンの顔を見上げた。(ドアの10p手前に立つってどうよ)
「…新手の変質者かと思ってビビったじゃねぇか」
「遅い。もう出るぞ」
俺の分の荷物を押し付け、シュバルトはさっさと歩き出した。
慌てて後を追おうとしたところで俺ははたとあることを思い出す。
「ちょっと待って!」
「…忘れ物なら諦めろ。誰かさんのせいで飛行船の搭乗時間がヤバイからな」
「違う、お土産買うの忘れてた」
「…」
天空闘技場名物の並ぶ店を指差した俺は無言のシュバルトに締め上げられ、有無を言わさずエレベーターに引きずり込まれた。
と、闘技場まんじゅう…!!久々に餡子が食いたいと思ってたのに…っ
小さなモニターの数字を見ればもの凄い速さで降りているのが分かった。だがこのエレベーターは優秀なのか物静かだ。
お陰でこういったものにトラウマのある俺にはありがたいが…畜生まんじゅう食いてぇ。
「……カタは、付いたのか」
「…あんだよ」
恨みがましくギロリと睨み上げるとシュバルトはフッと笑って「なら良い」と呟いた。
「(…なんでコイツには分かっちゃうのかね)」
なんでもお見通し、なシュバルトに、子供じみていると分かっていても思わずつーんとしてしまう。
俺がカストロの所に行ったのなんてコイツには最初からバレていたのだろう。そして大体の話の内容も。
…さすがに、カストロの未来を知っているから。という前提で話をしてきたということは予想すらしていないとは思うけど。
「そこまではさすがに、なあ?」
「はあ?何か言ったか」
「別にー」
チーンとベルが鳴り、一階を示したところでドアが開いた。
「オラ、出るぞ」
約一週間という短い滞在期間は、俺がこの世界に来てから最も密度の濃い一週間だった。
思えばゴンやキルアも天空闘技場で初めて「念」と言うものを知ったんだったよな。
まさにこの場所はすべての
はじまりの場所だ。
俺からしてみても、それは同じ。
決して望んだワケではないが、新しい能力の目覚め。この世界に関わるということの本当の覚悟。
それらは平和ボケしていた俺に現実という名のボディーブローを食らわせてくれた。
それになにより俺は、ここでのバトルが大好きだ。なんだかんだで、カストロとも最終的には良い友達になれたと思う。
…例えゴン達と鉢合わせしてしまうかもしれないとしても、俺がまだこの世界に居たとしたら
一年後に またこの場所を訪れよう。
「早くしろって言ってんだろ!!名残惜しいならフロアマスターにでもなって永住でもしてろ!」
「だあーーーー折角主役として良い語りをしている時に雰囲気をブチ壊すなこの筋細胞!!」
「何が主役だ!貴様などザコキャラ以下だろ、モブだモブ!!」
「(後で泥パック再来の刑)とにかくコレだけは言わせて!」
俺は喚きたてるシュバルトを一瞬で世界から弾き出し、空高くそびえる天空闘技場を見上げて爽やかな笑顔を浮かべた。
「バイバイ、天空闘技場!」
「……で、仕事って何よ」
「あのなあ、そのテンションの落差が老けて見られるんだぞ」
「この俺のドコが老けてると?」
「いい歳してハズかしいことするからだろ」
「いい歳して女装なんかするなよ」
「バイバイ、天空闘技場!」は絶対やろうと心に決めてたからな。まだ他にも「任務完了」とか「ブック!」とか「ゲイン!」とかも機会があったら絶対言おうって思ってる。
「ハァ。まあ良い。到着までそんなに時間はかからないからな。手短に今回の任務を説明しておく」
「ハーイ」
「まず目的地に着いたらお前の能力で付近にいる賞金首を探す」
「ほうほう、良いな、ソレっぽいな。で?」
「以上だ」
「………
で?」
「
以上だ」
あえてココは心の中でつっこもう。
お前ソレで今までどうやって仕事してきたんだよ!
「…シュバルトが凄腕のブラックリストハンターなのは昨日聞いた」
「否定はしないな」
「自画自賛は痛いぞ」
「同意見だ」
ダメだコイツ、目が本気だ…。
「じゃあせめて…ターゲットの名前とか」
「知らんな」
「特徴とか」
「知らんな」
「……クライアントから何か情報は」
「ないな」
「フザケンナ!!!!!」
思いっきり拳を振りかざすとシュバルトはひらりと華麗に身を翻した。
その所作に更に腹が立った俺は避けんなとばかりに素早く膝カックンを繰り出す。
「ぐあ!」
「そもそも何でそんなにテキトーなんだよ!ありえねーだろそんなアバウトな依頼!」
もっとこう、莫大な値段の絵画を狙ってる盗賊とか!大統領の命を暗殺者から守り抜くとか!
っつーか自分でもよく把握できてないから俺を連れてきたのかこのアホ師匠は…!
「…っ、お・ち・つ・け!」
「っだ!」
よろめきかかっていた身体を起こしたシュバルトからお返しとばかりに一発飛んでくる。
「良いかよく聞け。相手の情報が皆無なんて当たり前の世界だ。そんなのをいちいち問題にしていたらブラックリストハンターなんて勤めきれん。だから俺達は情報屋から情報を買うんだ」
「…その情報屋が、俺か?」
「ああ。タダだしな」
「(やっぱり腐ってやがる…!)」
シュバルトは当たり前とばかりに鼻を鳴らした。とんでもなく殴ってやりたい瞬間だ。
「…じゃあ、クライアントの情報くらいはあるんだろ。例えば何でお前にこの仕事を頼みに来たのか、とか」
「クライアントの情報は漏らすわけにはいかん。まあ…依頼内容くらいは教えといてやっても良いがな」
「(すっぽかしてやろうか!)」
いつになく上目線のシュバルトの言葉に耐えた俺は偉い。誰か褒め称えてくれ!
「どうやら依頼人の経営している企業の情報を盗もうとしている輩が居るらしくな。そいつがある人物を雇って依頼人の会社を襲ったらしい」
「…なるほど。で、ターゲットは情報を欲しがってる奴じゃなくて、その仲介人の方なんだろ?」
「その通り。一回目の奇襲では運良く情報のディスクを盗まれなかったらしくてな。二回目が来る前にその仲介人を捕まえて欲しいんだと」
「でもなんでソイツが賞金首だって分かるんだよ」
「依頼人も大きな企業の取締役だからな。送る人材も安物じゃダメだろう。ある程度名の通った奴に依頼したと考えられるからな」
「それで、その一帯の賞金首をしらみつぶしってことね。うわ…すっげぇ不安だ」
俺の千里眼も細かい指定までは出来ないからな…それこそせいぜい「賞金首」って奴を探すくらいしか…。
う、うわ。俺の出番それだけ!?
「そのターゲットが見つかったら俺も…」
「ターゲットは俺が仕留める」
「つまんねええええええええええええ!!!!」
っつーかソコは弟子の初仕事!ってことで俺に仕事を任せるところだろ!?
なんつう自己主義師匠だ!俺の仕事は俺のもの、お前の能力は俺のもの!?(ウゼー!)
「高度が下がり始めたな。そろそろ能力を発動しておけ」
「成功したら八割…」
「ハイハイ。報酬の八割だな。ホレ、眼鏡を掛けろ眼鏡を」
しぶしぶ眼鏡を掛けて、久しぶりに俺は”千里眼”を発動させた。
視覚以外が急激に閉ざされ、俺が外部から得る情報は一瞬で視覚のみになる。
今のところ髪の毛の先も感じることの出来ない「賞金首」に思わず鬱になりそうになる。
こんなんで本当に、ターゲットは見つかるんだろうな?
あらかじめ録音していた『報酬の八割だな』を一度確認してから、俺は開かれる飛行船から広がる街並みを漠然と仰いだのだった。
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