「ん〜、ま。こんなモンだろ」

シュバルトの言葉に俺もふい〜っと息を付く。

両手をぱぱっと振り払い、同時に留めておいたオーラも消した。

「なんとか間に合ったな〜。でもさ、ホントにこれで完成でいいのか?」
「基本的な使い方はコレで良い。これからその能力の幅をどうやってきかせるかは、お前次第だ」
「ふ〜ん…」

俺次第、ね…。

シュバルトの言葉を自分の右手を眺めながらオウム返しのように呟いた。

この一週間の間に寝る間も惜しんで修行した甲斐もあり、俺はなんとかあの能力の基本を会得することに成功した。

随分アレだったけど、シュバルトの指導のお陰もあるんだろう。能力の会得だけでなく、全体的なレベルアップもしたと思う。

なんだかんだでさすが「バトルオリンピア不敗伝説」を打ち立てた男なだけあり、俺がどれだけ全力で向っていってもコイツは本気を見せることすらしなかった。

悔しい…が、絶望的に届かない訳ではない。

今の俺に決定的に足りないもの、それは経験だ。

いくら修行で培ってきた動きでカバーしようとも、経験によって得る勘や落ち着きの差は埋められるものではない。

力の加減も然り。俺はそれが調節できず、結果人を殺めてしまった。

皮肉なことだが、今回のことで俺がこれから課題にしなければならないものが明確となったのだ。











「ところで…、お前はその能力、なんて名前を付けるんだ?」
「あ〜…名前か…」

トレーニングルームの端っこの壁に寄りかかりながらシュバルトが何気ない一言を漏らした。

俺はタオルで汗を拭い、頭を捻る。

俺って基本的にこういうの苦手なんだよな…。

”千里眼”って技名、アレも実はジンさんが勝手に付けた名前だったり。

ぶっちゃけなんの捻りも無い名前だ。俺も何も思い浮かばなかったから文句は言えなかったけど。

「…技名ってなんで皆付けたがるんだろうな…」
「知らん。自己主張のようなもんなんじゃないか?」
「たしかにかめはめ波ーって言わなければただの気弾になっちゃうしな」
「はぁ?」

俺だって必殺技ってものには憧れる。(実際会得しようとしてたし)

皆様は知っているだろうか。日本人って人種自体が、その物語の締めには必ず必殺技で終わらせると言う習慣があることを。

この世界にも様々な必殺技があるのは知っているし、その技名がその人の個性だということも俺は理解している。

だけど…。

だけどこの能力は…何かが違うと思った。







「名前…無名、 ”NAMELESS” 」







連想ゲームのように重ねた名前は、なんとなくこの世界に来てからの俺の全てのような気がした。

「ハァ?」
「名前、考えるのメンドクサイし…。良いよもう、ノータイトルっちゅーことで」
「なんだそれ」
「名前に括られるの、嫌いなんだ」
「…」

ほんの僅かに気まずげに視線を逸らしたシュバルトに気付きながらも、俺はフォローをしなかった。

名前。 本当にそれに縛り付けられているのは、自分自身のくせに。

三ヶ月前はほとんど気にもしていなかった。なのに、「もう一人の自分」という存在を実感し始めてからは、どれだけ無視をしようともその影が脳の隅にちらついて離れない。

俺は俺だと、いくら自己暗示しても…この世界では俺の存在は、ソイツの影みたいなモノなんじゃないかと、そんなことばかりが。

俺自身をもっと認めて欲しい。一つの個性として、俺を見て欲しい。

そんなことを、思うようになった。






「……、もうすぐ試合の時間だな」

シュバルトを責めたつもりはなかったけど、結果的に雰囲気を重くした責任を取って俺は話を変えた。

「あ、ああ。確か対戦相手はカストロって奴だったか?お前が友達になったって言う」
「……うっ」

だがコイツもなんでそこでその名前を出すんだ。折角忘れようとしてたのに…!

「なかなかの使い手だと聞くが…。ま、そこで負けるようじゃお前もそこまでの人間ってことだ」
「わーってるよ!知り合いだからって手加減はしない。俺だってそんなに優しいヤツじゃないからな!」

そう、カストロ自体に動揺しているワケじゃないんだ。

ただ彼の末路(、、)を…俺は知っているから。

「じゃあ、”無名”のソレは、使うってことなのか?」
「……。ああ、だけど、今回は絶対に死なせねーよ」

紙の中のカストロは、志半ばに悔いを残したまま散っていた。

しかし読者という立場からしてみればそれだけの存在で、歯に衣着せず言えば一発キャラのようなモノだった。

そんなカストロの、描かれる前の人生に、俺は関わってしまったのだ。

純粋にイイ奴だと思った。俺は嫌いじゃないと、思った。

それだけにやるせない思いに駆られる。出来るのなら言ってやりたい、「ヒソカなんかに囚われないで自分の人生を築いていけ」と。

けれど…けれど。




俺が今更言ったところで変わる人生じゃないとしたら。

それこそまさに、そうなることが決定事項のように決められている彼の人生なのだとしたら。

その時こそこの世界というものに絶望して、俺は狂ってしまうんじゃないかと 思った。




「……そうか」

シュバルトの空気が微かに揺れた。ふと視線を向けると、なんだか男前な微笑を零している。

「…きしょくわるい」
「お、お前っ 悪態つくにしても起承転をすっとばすんじゃねぇよ!!」
「うげげ〜」
「がああーこのクソ弟子が!!」

いつものシュバルトの拳を笑いながらひらりと避ける。俺の代わりに攻撃を受けた壁がべこっと凹んだ。

「いっけないんだー、壁ぶっ壊したことスタッフの人に言いつけてやろー」とだけ言い捨ててトレーニングルームから走って逃げる。同じようなやりとりもこれで8回目だ。

「にげんじゃねええええ!」とか叫ぶ声が聞こえるけど笑ってシカト。逃げ足では今のところ負けなしです。



ま、「今」はとにかく「今」を楽しもうじゃないかってね。

































『さあー皆様注目の一戦です!!予想の出来ない試合に久々の超満員!!』

ワアアアアアアアアアアアアアア!!

モニターに映し出されたのは、既に半端なく盛り上がり始めているスタンドの観衆だった。

思わず控え室に居た俺自身が引く。

うおお…何これジ●ニーズのコンサートかなんかですか?え、俺SM●P?

もちろんそんなわけない。画面に映し出されるのは主に暑苦しい強持ての男性方である。

あまりの迫力に普段の俺では許されないようなジョークが飛んだ。S●APて。

『初戦で敗退して以来確実に白星をあげているカストロ選手!常に進化する彼を止めるのは一体誰だーーー!?』

キャアアアアアアアアアアアア!!!

「な、なんで黄色い声があがるんだ…!?色男か、ロンゲの色男だからなのか…!?」
「おい、ちょっとは落ち着け」

『対する選手は200階での初試合となります!しかしあなどってはいけません、選手は前代未聞の150階飛びを果たしてきたスーパールーキーなのです!
それもあの注目株だったアロワナ選手を死という形で倒してきた選手!あまりに恐ろしい試合内容についた異称は”内臓潰しの”!!』

うおおおおおしねーーー!まけろーーー!!

「完璧に悪役じゃねーか…」

あまりのパフォーマンスと聞こえてくる罵声に俺はガックリと肩を落とす。

それにしても”内臓潰しの”て…そのまんまかよ。せめてもっとカッコいい異称にしてくれ…。

これはもはやヒソカと同レベルだな、とますます落ち込ませて俺は溜息を吐いた。

「あー…まあいいんじゃねーの?ハクが付いてよ…」
「中途半端な慰めが一番ムカツクんだよ」
「だぁーグチグチ五月蝿い!オラ、とっとと行って来い!」

ゲシっと背中を蹴り飛ばされて控え室からおんだされる。

あまりの勢いに受身を取るより先に顔面から廊下の床にスライディングしてしまった。は、鼻血が!!

「いってえな!試合前の弟子にダメージ与えてんじゃねえよ!!」
「それだけ元気なら死んでも死なねーよ!殺さずに勝ってくるんだろ!?観客なんて己の力で黙らせてこい!!」

シュバルトの渇に思わず息を詰まらせる。

お前は何しに行くんだ、戦いに行くのだろう。と、言外に叱られて俺の頭も冷静さを取り戻していった。

中途半端な心構えで勝てるような相手ではない。それこそまさに、此処での試合に命を賭けてくるような相手だ。

浮き足立つな、と己自身の気を引き締める。

「…分かった。黙らせてやろーじゃん」
「ああ、負けんじゃねーよ」
「ハッ もちろん」

ニッと口の端を吊り上げて哂った。

そうすればシュバルトも腕を組みながら、同じような笑みを口元に浮かべてみせる。…いちいち男前だ。

「俺様の顔に泥を塗りやがったら承知しないぞ」
「了解!」

ビシィっと親指を立ててからゲートへと向う。

先程までのローテンションはどこへやら。今の俺は元来のバトルバカの血が騒ぎ出してどうしようもなくワクワクしていた。

悪いがカストロ…ヒソカの試合の前に一敗してもらうぜ?











選手、一足遅れて登場です!!』



ウヲオオオオオオオオオオオオオオ!!



その瞬間襲った凄まじい歓声すら俺の心を盛り上げた。

まっすぐ前を見据えれば、同じようにコチラを見返してくるカストロの姿が。

曇りの無い双眸は燃えるように美しい。命を賭ける、戦士の瞳をしていた。



『試合前からお互い凄まじい剣幕です!それにしても何故選手は既に鼻血を出しているのかーー!?』





―――――――背後から大笑いする声が聞こえた。





「(あのクソオカマ…試合が終わったら顔面に泥パックをぶちかましてやる)」

ぐしっと鼻を拭って俺は心に誓った。







「…光栄だ。まさかがあの噂の選手だったとはな」
「言わなかったワケじゃねーぞ?俺だってさっき知ったんだからな」

カストロから微かに緊張が伝わってくる。警戒と、不審か。

「お前が何者だろうと、私は全力を尽くす」

階下で試合をした時のように審判が両手を据える。

この瞬間の胸の高鳴りはまさに絶頂だった。

「始め!」
「だったら俺も全力で返すさ!」

ザッと姿勢を屈め、カストロへと向って地面を蹴った。

俺の一撃をすんででかわしたカストロがすかさず俺の背後に回り込む。

しかし避けられることを予測していた俺は低い姿勢のまま蹴りを繰り出した。微かな手応えを感じる。

「クリーンヒット!1ポイント!!」
『先制を奪ったのは選手!これはスピード対決になりそうです!!』

悪いけどスピードなら今のところ誰にも負ける気はしないんでね。

それよりも俺が気にしないといけないのは、カストロのあの能力だ。

「さすが…と言ったらいいのか。しかし私だってこのまま負けるつもりはない!」

両手にオーラを集中させてから今度はカストロが仕掛けてきた。

まさかもう虎咬拳を使ってくるなんてな。…それだけ向こうも本気って事か。

「くっ」

すかさず避けたが僅かに頬を掠めて血が噴出した。しかし今度はカストロの方がそれをフェイントとして蹴りを出してくる。

それもなんとか避けたが案の定もう一度蹴りが飛んできた。避けたはずの蹴りが、だ。

「クリーンヒット!1ポイントカストロ!」

やはりきたか。これで同点だな。

ここまでは予想通りの展開だ。問題はアレをどうやって封じるか…。

スタンドの熱気も最高潮に上っていた。硬をしていて大したダメージは受けなかったが、取りあえず後ろへと飛ぶ。

その時距離を置いた俺に向って、カストロが大声をあげた。

「どうした!私を殺すつもりで来い!!」

表情を見れば未だに強張っているのが良く分かった。

ふと胃の真ん中あたりがチクリと痛む。



「(確かにこの前の試合は自分でも酷かったと思ってる。けど…)」



数日前にカストロの部屋で二人、笑い合いながら語り合った記憶が頭を過ぎる。

『構わないさ。私も楽しかったからな』

「…お前もさ、忘れたワケじゃないんだろ?」
「…っ」

カストロの顔が確かに歪む。俺だってホントは、深入りしちゃいけないんだって分かっているけど、

それでも…




「お前が先に言ってきたんだ、俺だってお前と永い付き合い、していくつもりなんだからな!」




俺がこの世界を思い知るには、まだ少し猶予があるのだから―――――――










ガッ

「――――っ」

「カストロ選手、失神KOとみなし、勝者選手ー!」

攻撃の祭に多少壊れない程度に体内のダメージを増やし、カストロをそのまま気絶させた。

崩れ落ちる身体を受け止め、聞こえてないと知りつつも俺は小さく呟く。





「だからヒソカを追うのなんて、やめろよな…」





人と関わるほど俺は知ってゆく。

この世界の、残酷さを――――――――。










(うっかりカストロ夢)