某日某所。赤いレンガ造りの街道で美しい街並みも、なりを潜める深い暁の頃。
「ひっ…た、助けてくれ…っ ぐあ!」
静寂が流れる中細い裏路地で男の小さな断末魔が響いた。
たった今事切れた男に目もくれずその場を去るのは、細身で二十歳前後位の一人の青年。
あまりにその表情は冷たく、美しさすら滲ませる。『能面』とはまさに、彼の為にある言葉なのではないかとも思わせる―――――。
「…またか」
そう小さく呟かれるとその瞬間彼を照らしていた街灯の光から影が消えた。
しばらくすると大小二つの影が、再び形を作る。
「か〜〜〜っ!まーたやられた」
「今回も先を越されたな」
言う割にそこまで悔しさを表に出さず、ゼノとシルバは同じように屈んで死体を眺めた。
「やはりヤツじゃな。これもいつもと同じように内臓だけがめちゃくちゃにされとるわ」
「相変わらず手際が良い。殺したのはついさっきか…その割には気配も残ってないな」
「フン。小童が舐めたマネしおってからに」
早々に撤収する羽目となった二人は死体をそのままに現場から立ち去った。
帰宅中にゼノの零した言葉に、シルバも小さくうなずく。
「か…一体どこの糞餓鬼やら」
「はあ〜間近で見るとすんごい高いな…」
「ホラ、とっとと登録済ますぞ」
俺とシュバルトは現在、かの有名なあの天空闘技場の受付前に立っている。
どうしてこんなことになったかというと、まあ当然の帰結と言えるだろう。
俺には一文の金も無いのだから。
「おい、格闘技経験はどんくらいだ?」
シュバルトが俺を「」と呼ぶようになってから一週間経った。
あれだけ俺の名前を呼ぶことをしなかったのに、どんな心境の変化やら。逆に、俺が「シュバルト」と呼ぶことに対しても何も言わなくなった。
俺としては面倒じゃなくなったから別にいいんだけど。
俺たちはお互いの過去について詮索しない。暗黙でそれは、禁句となった。
「大体四ヶ月くらいかな」
「よっ…よんかげつだと!?」
「あーあースミマセンね念も格闘技も素人の浅知恵程度のモンでして」
「……(しんじらんねぇコイツバケモンか)」
シュバルトの中で自分に対する見方が宇宙人から規格外生物という認識となったことなど知る術も無い。
ちなみに登録したのは俺一人だけ。何故シュバルトが登録用紙を書いているかと言うともちろん俺が字を書けないからです。
…。ここでの修行の間に読み書きのお勉強もせねばな…。
四次試験での惨劇はけっこう引きずってたりする。
「ご登録は様お一人ですね。シュバルト様は今回は」
「ああ、付き添いだ」
「かしこまりました」
今回
は…?
てゆーか顔見知りですか貴方たち。どんな関係ですか。
「もしかして、前にココに来てたりする?」
「ああ、まあな。だから敬え」
「シュバルトさまー今日のパンツ何色ですかー?(棒読み)」
「こ・の・ク・ソ・弟・子・が!!」
「いってぇ!!」
コイツに冗談なんて通用しない、前回の師匠がものぐさなら現在の師匠は体罰教師かよ!
ぶつくさ言っている間にメインアリーナへの入り口が開く。
ウヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
その瞬間襲い掛かってきた熱気と歓声に、俺は思わず背筋を震わせてしまった。
「…っ」
ゾクッ
二次元でしか見ることの無かった光景を今、俺はリアルタイムで直接肌で感じている。
この世界に来て初めて俺の胸は歓喜に打ち震えた。
こ…これこそまさに天下一武道会の再来…!!
「クックック…俺はあの舞台に立つことでこの世界に来たすべての意味を成したと言えよう」
「あん?何か言ったか?」
目の色が変わった。というより
据わった。
【1789番・2054番の方、Bのリングへどうぞ】
「お、早速だな。さっさとマヌケな面を晒して来い」
シュバルトが何か言ったが右から左へ。今の俺には目の前のリングしか頭に入ってこない。
強持ての相手と俺の登場に、観客の一部が野次を飛ばす。
「おーおーニーチャン!そんなひょろっとした腕で大丈夫かい!?」
「ひゃはっ 俺は大穴に賭けるぜ!頼むよニーチャン!!」
今回はバトルのみの為メガネは既に仕舞ってある。スクリーンに映し出されるのは素顔の俺だ。
ちなみに今俺は悦に入っているためまさにシュバルトのご期待通りマヌケな面を晒すことになっている。まあ知ったこっちゃない。
「それでは、初め!!」
「オラオラ一発でぶっとばしてやるよ!」
下劣な笑みを浮かべながら向かってくる相手に、俺はニッと笑って素早く後ろに回りこんだ。
パンチが空振りした相手の足を払い、体制が崩れたところで思い切り回し蹴りをかます。
どよっ
スタンドがどよめき立つ頃には既に相手はリング場外だった。
冷静なのは「ほー」とそこそこ感心の声を上げたシュバルトぐらいで。審判すら一瞬その手腕に見惚れて動きを止めた。
「ま、及第点ってとこだな」
「あー気持ち良かった!次はもっとリングもでかくなるんだろ?ひょーたのしみー」
「お前って意外とバトルバカだったんだな」
「鍛え甲斐あるだろ」
50階控え室で缶ジュースを飲んでいた俺はケケケと笑った。
いやーそれにしても思った以上に楽しいなココ。俺もうココに住んでもいーや。
「まあ思ったよりは、な」
「お、おおどうしたシュバルト。やけに素直じゃねーの?きしょくわるいな」
「バカ野郎調子にのんな」
「カッカッカ」
みょーに機嫌のよろしい俺を呆れたように見、しかし何故か楽しげに笑みを浮かべてシュバルトはポンと俺の頭に手を乗っけた。
「油断だけはすんなよ」
「…わかってるって」
何だか変に照れるからこういった扱いはやめて欲しい。
そうは思うけど口にはしない。だってコイツはこういう関係を望んでいるから。
ほんの一瞬俺を見る目が俺を見ていない時がある。そういった時は無性にその面を殴ってやりたくなるのだが、俺はしない。
…そんなことしたらまるで、俺が””に嫉妬してるみたいじゃないか。
【様、アロワナ様。54階A闘技場へお越し下さい】
「あ、呼ばれた」
「よし行って来い!」
「はーいよっと」
初戦よりは落ち着いた気持ちで軽く手を振る。
その瞬間、何か言いようのない感覚が体中を駆け巡った。冷たいような、熱いような…言い知れぬ感覚。
言葉にしづらいその感覚は、すぐに何事もなかったかのようにおさまった。
「(?? まだ興奮してんのかな)」
首を傾げつつ深く考えなかった俺はそれを自己完結し、知らずに運命の会場へと足を運ぶ。
目の前に広がる熱気に胸を躍らせ、新たな戦いの場にその身を投じた。
「よろしく。先程の戦いは見事だった」
「はあ。どうも(ゲ、念使いかよ)」
淡々と流れる実況に耳を傾けず、俺は目の前の相手にはてどうしたものかと頭を抱えた。
当然のように相手は念を使ってくるだろう、実は念使い相手の実戦は初めてだったりする。
現時点で俺の感じる限り負けそうな程強い相手でもなさそうだ。
『油断だけはすんなよ』
わーてるって。ぱっぱっと頭を振り改めて相手を見据える。
いつのまにかVTRも終わったようで、審判が舞台の上で両手を据えていた。
「始め!!」
ワァ!っと上がる歓声に思わず士気もあがる。俺は高まる気持ちを前面に押し出しリングを蹴った。
「はっ……ウソだろ?」
やがてぴくりとも動かなくなったソレ。
瞳孔は開き血の泡を流して横たわる。俺は震える右腕を抑えてその場に立ち竦んだ。
スタンドの悲鳴に包まれ ソレは担架で運ばれていく。
俺は、200階へ行くことを言い渡された。
≪ ≫