それはありえない光景だったんだ。

だって俺の両目の視力は0,02以下だし、その時にはメガネもコンタクトもしていないそのままの状態で。

本来なら20cm先の本の文字すらも見えないはずなのに。

そのはずなのに。

ぼやけた視界の中で、ソイツの姿だけがハッキリと見えたんだ。



「その世界でもう一人の自分を見つけて。そしたら元の世界に返してあげるから」



――――ヤツは確かにそう言った。






















グェーッ グェーッ

という奇妙な鳴き声で目が覚めた。

え、いや、ちょっとマテ。

俺って確かさっきまで風呂に入っていたよな?

「…素っ裸で森の中って」

見たことも無いような深い森の中。

俺は裸体で森林浴という趣味は持っていないはずだけど。

「…とりあえず、歩いてみよう」

大事な部分を隠す努力もせず、俺は生まれたままの姿で歩き出した。

11月なのに何で寒くないんだ。とか

人に見つかるんじゃなくて、先に人を見つけないとマズイよな。明日から後ろ指を差される生活だなんてシャレにならない。とか

色んなことを悶々と考えながら草木をかき分けていく。

…ちなみにこれでも俺は相当混乱している。

その証拠に、普段は大嫌いなイモ虫系を踏み潰しても声を上げなかったのだ。

「今の俺、遭難者というより生きた原始人だよな…」

となると、見つかった瞬間に露出狂ではなく、未確認生命体扱いを受けることになるのかも。ハハッ

そんな風に自嘲をこぼした時だった。



「………」
「………」



互いに硬直し見つめあう二人。

相手のオッサンの手には、グェーッと鳴く、鳥と人面魚の混ざったような生物に、包丁。

かたやこちらは、笑顔で手ぶらでぶらぶら。

それが彼、ジン=フリークスとの出会いだった。

















「おーいジンさん、そろそろ小麦粉切れそうだけど」
「んあ?じゃあちょっと食料を調達して来い。ちょうどこっちもロープが切れてきた頃だしな」

りょーかい。と言って俺は、小汚いサイフを手に小屋を出て行った。

この世界でジンさんに拾われてから約3ヶ月。

この世界がハンターハンターの世界だと知ってからも約3ヶ月。

ついでにオレがれっきとした現代人だと分かってもらえてからも約3ヶ月経った。

「きーみーがぁーよぉーはー」

今は俺が現れた森からさほど離れていない町の外れで暮らしている。

プロハンターであるジンさんと二人暮らしということで、俺は家事全般を任されていた。

「ちーよーにーぃぃやーちーよーに」

そんな命の恩人であるジンさんは、森の中の生態を研究しながら、絶滅危惧種である動物たちを保護するという仕事をしているらしい。

「さーざーれーいーしーのー」

俺もたまに森へと付いていったりするが、ジンさんの働き振りには毎回目を見張る。

原作を見ていたからジンさんの凄さは知っていたけれども。

目の前でその仕事っぷりを見せ付けられると、やっぱりとてつもない大物なんだということを思い知らされた。

普段はただのオッサンだけど。

「いーわーおーとーなぁーりてー」

君が代も盛り上がってきたところで、やっと町の商店街までおりてきた。

「あらくん。今日はおつかい?」
「うん」
「いつもご苦労様。はいこれ、焼きたてだよ。持ってきな」
「おーデニッシュだー!おばちゃんサンキュー!」

俺もすっかりこの世界に馴染んでしまった。

町の人たちとも仲良くなって、今じゃちょっとした俺ファンクラブがあるくらいだ。

主におばちゃんたちが主要メンバー。年上キラー。俺、ヨン様。

ちなみにファンクラブの活動方針は「憐れなハンターマネージャーに水と食料を」だそうだ。

人ってあたたかい。





「おーい。おっちゃんいるー?」




とあるメガネ屋に入った俺は、人の気配のしない店内で大声を出した。

カウンターに人は見当たらない。

しょうがない。と息をついて、堂々と奥の扉を開いた。

「おっちゃーん。例のメガネ出来たー?」
「おお、ちょうど今出来上がったところだよ」

ここは見た目ボロい店だが、おっちゃんの腕は確かである。

まだこの世界に来て間もない頃、ジンさんに紹介されて俺はこの店にメガネの特注を頼んだ。

その時は、今まで使ってきたメガネの特徴を少し言っただけで、まるっきり以前の愛用していたメガネを再現してしまったのだ。

もちろん度数もピッタリ。

今はある裏技のおかげで、裸眼でも生活できてるんだけど。

これまたある事情で新しくメガネを作ってもらっていたのだ。

「それにしてもこんなメガネ、一体誰が使うんだい?」
「もちろん俺が使うんだよ」
「…まぁあまり深くは聞かないけどね。あんまりジンさんにくっついて無茶をしないように」

ハハッ

俺は乾いた笑いしか返せなかった。

ヘタレのクセに無謀だよな。というジンさんの言葉を思い出す。

…無謀の塊のアンタよりはマシですって。

それに俺がジンさんにくっついて無茶をするんじゃなく、ジンさんにくっついていると無茶を強要されるんだし。

この微妙なニュアンスの違い。

早く一人立ちがしたい今日この頃である。

「世話になったな、おっちゃん」
「ああ、また何かあったらおいで」

俺はおっちゃんに別れを告げ、店を出た。

小屋に帰った頃にはジンさんももう仕事を終えて帰ってきてるはず。

あー…ちょっと憂鬱だな。寄り道して帰ろっかな…。

帰りを遅らせたところで厳しいメニューが減るわけでもない。

そう自分に言い聞かせ更に鬱になりながらも、俺は帰路をたどった。

修行は嫌いじゃない。強くなるのは楽しいから

ムリだと分かってても男なら誰だって一度は憧れるはず。

そう、俺は孫悟空になりたいのだ。

もちろん西遊記の方ではなく、ドラゴンボールの。

ここに来る前、友達に語った時にはなぜか散々慰められた。(バカにされた方がマシだったぞ

念能力でなんとかなるなら、かめはめ波も打ちたいし、舞空術も会得したい。

元の世界じゃ逆立ちしたって叶わぬ夢だったけど、この世界ならなんとかなるかもしれないのだ。

それでもジンさんとの修行の間は、毎度のことながら何度も逃げ出したくなる。

最初の頃は基礎体力が足りないとかで、半径5キロはある湖を泳いで横断させられたり、森の中では特に意味もなく深さ約30mの穴を掘らされたりした。

時には危険度Aランクの肉食獣数十頭と一週間入り口の閉ざされた穴倉で暮らしたこともある。

たかが数年前の自称クラスで一番の運動神経の持ち主では、命がいくつあっても全く足りない過酷な修行。

ああ、思い出すだけでも涙ちょちょ切れ。

カイトさんも同じような道を辿ってきたのかな…。

ふと会ったこともない兄弟子の顔を思い浮かべた。

現在がだいたい原作前の時間枠だと知ったのは、ジンさんから「今は弟子の一人と鬼ごっこをしている」という言葉を聞いたとき。

原作の前だと聞いて、特に嬉しいとかそんな感情は起きなかったけど、取りあえず俺が思ったことは…そう。

危険をあらかじめ、回避することが出来るということだった。

修行だけでも命の足りないこの世界。

とうてい俺なんかが生きていける保障はない世界だ。

俺はただ強くなりたいだけで、別にキャラに会いたいとか、そういう野望はない。

ぶっちゃけると原作には関わるつもりは全くないんだ。

それに俺は、修行と同時進行でやらなくてはならないことがある。









……もう一人の自分を、見つけ出すこと。















「ただいまー…」
おい、おせーぞ!とっとと荷物をまとめろ!
「は?え、ちょっ!!」

帰ってくるなりジンさんはでかいリュックを背負って突進してきた。

あの、パンツ引っかかってますよ?

「カイトのヤローが近づいてきやがった。まだ捕まんのは癪だから今すぐこの国を出る」
「え、カイトさんこの国に来てるの!?うわ、会ってみたい!」
「バカかてめぇ!今の話聞いてたか!?」
「いいじゃん別に。もう何年も追いかけっこやってるんだろ?」
「あーもういい!好きにしろ!」

小屋ごとぶっ飛びそうな勢いで、ジンさんは扉を閉めて出て行ってしまった。

「ちょっとアンタ、まだ仕事終わってないんだろ!?」

と叫んだときには既に遅し。

豆粒ほども見えなくなった我が師匠に、俺は唖然とした。

……マジで?