「ねえ…キミのそれ」
「…何ですか?(あー何故だ、学ランとダージリンなんてミスマッチの筈なのに)」
雲雀がティーカップを持ち上げるのが様になりすぎていて、俺は一瞬その質問に思考がついていけなかった。
「頭と目、何処と混ざってるの?」
「…へ?」
―――――今から三年前。
俺が小学五年生で、武がまだ小学四年生の時の話だ。
俺は生まれつき(で、あろう。)前世の頃の容姿から変わらず、少し日本人離れをした外見をしていた。
小学生の頃は周りと自分との埋められない距離感も手伝って、元々の淡白な性格に拍車が掛かり、ある意味の第一反抗期を迎えていた時期だ。
勉強なんて目を瞑っても解けるし花丸をもらって喜ぶ精神年齢でもなかった。
今となっては今更反抗期だなんて恥ずかしいとも思う。けれど、それでも六年間の小学校生活までもを周りに合わせて演技していたら、きっととうに精神が破壊されていたな。とも思った。
…下手したら手首のひとつも切っていたかもしれない。(前科持ちだからシャレにならんが)
クラスをまとめるクラスリーダーこそやらなかったが、所属していた委員会などでは先生から推薦されて委員長を務めていたことがあった。
寡黙で常に一人ではあったが、先生達からの絶対的な信頼だけは感じていた。
一つの仕事で五つのことを終わらせる。多少難しいことをやらせても確実に作業をこなすし、文句も何も言わない。
先生達も俺にだけは安心して物を頼めるのだ。
俺も小学生らしく外ではしゃいでいるよりかは、より多くの雑務を黙々とこなしていた方が時間の流れは早く感じたし。
…そんなこんなで鼻持ちならない茶髪の優等生は頑なに周りとの接触を拒み続けていた。
いじめなんてされても当然くらいに考えていたし、小学生に合わせるくらいならいじめられっ子で居たほうが何百倍もマシだと思っていたからだ。
そんな俺が
ずっと友達を作ることをせず、家族以外に笑うことをしなかった山本が
何をキッカケで今の山本になったのか―――――
「お前とお前の兄ちゃんって全然似てないよなー!」
「五年生が言ってたぜ、山本は日本人じゃないって!」
「ホントはお前らキョウダイじゃないんだろ!」
「そんなことない!兄ちゃんは俺の兄ちゃんだ!」
「―――…あ、ああ!頭の色のことですか!?いやー若気の至りって言うか、やっぱちょっと染めてみたいなーとか思っちゃってですねっ!あ〜委員長にまで注意されたらもう戻すしかないなぁ〜」
「……」
うあ〜…。むちゃくちゃ怪しんでるよ。
ミスった、委員長の貴族服なんて妄想するもんじゃないな。
あからさまな動揺、これじゃあ馬鹿でも見抜ける。
今まで教師の前でだってマニュアル通りにこなしてきた嘘を、なんでよりによって雲雀相手にミスを犯してしまうのか。
雲雀は…俺の弟がこの学校にいることを、知っているのだろうか。
そしてその血の繋がりの矛盾を………
「…別に言いたくないなら良いけど」
「え…?」
俺は思わず顔を上げた。
今雲雀は言わなくて良いと言ったのか?あの雲雀が、人を気遣うような言葉を…。
「いや…うん。大丈夫、俺はちゃんと知ってるからな、雲雀がホントは優しい子だと言ウガッ!!」
「もう二、三発食らっとく?」
「すみませんでじだ…」
情けなく垂れる鼻血を抑えて悶絶する俺を見て、雲雀は溜め息を付いた。
雲雀なら気付いただろうに、雲雀は俺が何かを必死に隠しているのを察して聞かないでいてくれた。
…これだからコイツの隣は安心せずにはいられないんだ。
俺は最近、雲雀と居る時にだけ時たま胸に広がる「あたたかい何か」を感じ、心の中で微笑んだ。
「…ぞれでも゛痛いも゛んは痛いんだげどね゛」
「ったく本当にしょうもないね。ホラ、おいでよ」
「う゛う゛…」
促されて雲雀の隣に座ると、ティッシュ数枚を顔に押し付けられた。
「下向いてて」と言われ、言われるがままにしていれば、雲雀がお湯で温めたタオルを持ってきてくれる。
こういった所は基本的に優しい。これが誰にやられた、という部分に目を瞑れば雲雀はどちらかと言うと世話好きなのかもしれない。
「…それ、どうしたの?」
俺の隣に座ったとき見えたのか、雲雀は右腕に残る痣を見ながら言った。
「え?ああ、コレ…」
タオルを片手で抑えながら、俺もその右腕に視線を移す。
「ちょっと街中で絡まれて。多分ガードしたときのじゃないですか?」
「……」
「?」
黙り込んだ雲雀に視線を向ければ、無表情だが物凄い不機嫌オーラを発しているのが分かった。
「…どこの奴に」
「えーっと…隣の学校の奴ら…に、ですけど」
「そう…」
あちゃー、こりゃマズいな。思わず心の中で隣の学校の男子全員に向かって合掌。
良くも悪くも見た目からして目立ってしまうのが良くないらしく、俺は普段から結構な頻度で色んな学校のヤンキーとかに絡まれる。(珍しい風貌だから顔とかすぐに覚えられちゃうし)
そんな喧嘩で負けたりはしないけどそれでも生傷が絶えない。そんなものにいちいち雲雀は反応しないんだけど…。
「(別にこれくらいならピアノ、弾けなくなるわけじゃないのにな。ま、これであの学校からは絡まれなくなるから良いか…)」
喧嘩に参加してなかった一般生徒には気の毒だけど。
と、同じパターンが6度目な俺はほんの少しだけ良心を痛めつつ鼻をかんだ。
(だって俺が言ったって聞かないし)
「、君も反省してる?」
「えー…だって不可抗力だし」
「そんな簡単にやられるも悪い」
「別に負けてボコボコにされてるわけじゃないんですから良いじゃないですか」
ハァ。と溜息を吐きつつタオルを濯ぎに行こうと立ち上がったその瞬間。
グィッと凄まじい力で腕を引っ張られ、俺はソファの上に押さえ込まれた。
「!? …っちょ、何す」
「ほら。油断してるからこうやってすぐ付け込まれるんだよ」
「痛っ」
押さえ込まれている肩が痛くて必死にどけようとしても、俺に跨る雲雀はびくともしない。
体格はそこまで変わらないのにこの力の差。こんなんに押さえ込まれたら例え油断してなくても同じじゃないのか。
「ふざけすぎだぞ!」と俺が睨みあげると、雲雀は俺の肩を抑えていた左手を外し、それを首まで移動させてゆっくりと絞め付けてきた。
さすがに焦って左手を掴むと、今度は両手を頭上に縫い止められる。
呼吸もし辛くなるほど絞めつけられ、とうとう視界が白く点滅し始めた。
必死に酸素を求め喘ぐ口元から唾液が垂れ、まさかこのまま殺されるんじゃないかと思ったその時、フッと絞め付けが緩くなった。
「かはっ! げほっ…っ、はあ はっ」
急激に送り込まれる酸素に肺が痙攣する。生理的に浮かんだ涙も零れたが、未だに両手は縫いとめられたままで涙を拭うことも出来ない。
「い、くらなんでも…はっ ここまでする必要は、ないだろ…!?」
「君ってときどき殺したくなる」
「…っ!? わ、わらえ…ねーよ」
「そりゃあね。冗談じゃないから」
さっきまで首を絞めていたその左手で、雲雀は俺の頬を撫でてくる。
笑顔で殺意を公言されても、された方は悪寒しか感じられない。
鼻先まで近づけられた顔は相変わらず綺麗だ。まさに氷結の女王様。
「僕って基本的に年上って嫌いなんだよね」
「………………俺は、少なくとも年上ではないだろ」
「さあね」
俺の目じりに溜まった涙を舐め取り、そのまま掠めるように口付けを交わして雲雀は俺の上から退いていった。
離れていく背中を眺め、俺もソファから身体を起こす。
「…委員長は、殺したい相手とキスをするんですか」
「…」
これ以上は何も話さないつもりだな、と俺も溜息を吐く。
優しさと狂気が同居する、本当の意味で危険な人間、雲雀恭弥。
それでも俺は、この居心地のいい場所から離れることが出来ない。
彼の中では俺は…どこまで暴かれているのだろうか。
窓から覗くオレンジの景色に溶け込む雲雀があまりに綺麗で
俺はしばらく 魅入っていた。